発声法についての私見
                                                 藤田善弘

テノール馬鹿を自認するのど自慢としてTRMC(東京六甲男声合唱団) で機嫌よく歌っています。
高校・大学を含めて結構合唱の経験も長くなったので日頃発声について自分なりに考えている事をご参考になれば
と思い書いてみます。

アマ合唱団で初心者がプロの先生や合唱経験者の指導を受けて発声を始めます。
この時にアマ合唱参加者が入口で間違いをしているのではないかと思う事があります。
それはアマでは発声法も教えられますが、同時に合唱曲のメロディーやリズムを含めて自分のパート部の歌唱を
教えられます。むしろ発声法は従で歌唱の方に重点が置かれるでしょう。アマは歌う楽しみで合唱をしているので
これは当然です。しかし、発声を正しく会得するためにはこの順序は間違いのように思います。
無論、指導者が教える発声法はどれも間違いではありません。殆ど全て正しい指導と発声実践法です。
しかし、当方が考えている発声法の前段階は以下のような事です。

クラシック音楽(合唱含め)の声楽・発声は歌手の体全体・頭から足の先までを楽器の共鳴装置にする事です。
声帯は使いますが、声帯だけを使うのではありません。ギターやヴァイオリンでは胴体全体が共鳴箱で
これをヘタに抑えると音は響かなくなります。同じように人体もどこかに力がはいると声は響かなくなります。
ギターの弦は声帯に当りますが、響きは胴体全体で響きます。声も同じ事です。体全体が血液やリンパ液も含んで
出来るだけ偏りのない状態で共鳴させる事で良い響きがでます。ノド声はだめ、肩の力を抜け、と言われるのはこの事です。
正しい発声をすると健康によいのは、体全体を響かせ共鳴させるからです。血の循環が良くなるのでしょう。

単なるイメージ的表現ですが、サラダドレッシングは使う前によく瓶を振って中身をかき混ぜてからかけます。
発声も同じ事で歌う前に体全体をよくほぐして声が体全体によく響くように調整します。いきなり歌っても
きれいに響く事はありません。発声はスポーツと同じで必ずウォームアップが必要です。プロの投手練習でも、
初めはストライクを取る事を目指すのではなくキャッチャーに向かって肩の力を抜いて投げる事を求められます。
コントロールを求められる事はありません。
当方が習う順序が間違いと思うのはこの事です。先に楽譜をみてメロディーやリズムに合わせて歌うと
それに気を取られて体全体を響かせる事が出来なくなります。正しい音程とかリズムを意識すると発声しても
響きが失われます。頭脳が体の動きを規制してしまうので響きが失われるのです。

その意味でイタリアンテノールの発声は体で歌い、テノール馬鹿と言われるのでしょう。
剛速球投手が正確なコントロールを要求されて投手本来の球威を失って打たれてしまうのも同じ事でしょう。
発声の前段階としては音程やメロディーやリズム等は全て忘れて体全体を開放して声だけ出すのです。
当方の習った其の方法は以下のようなものです。

左腕(当方は左利きですので、右利きは右腕)を頭の上に軽くあげます。
その片腕(利き腕―これは案外大事な事です)をドレミファソーファミレドの音形で声を出しながら
それに合わせて軽く自然に上下させます。軽いキャッチボールの動作と思えばよいでしょう。
発音はポ(PO)が良いでしょう。ポ、ポ、ポ、―――と声をだしながら腕を振りおろし振り上げる動作をします。
但しこの時、メロディーとして歌ってはいけません。ポは音を遠くに捨てるように、会場の奥に届くように出します。
単純な音形故、音程も意識しない事。腕を振るので音(声)を捨てる事が動作でできる事になります。
大きな声も必要ありません。むしろ初めは小さな声で無理なく出します。口もポをわざわざ発音するのではなく
軽く口を空けるだけです。イやエでは口に力が入ってしまいます。
表現が悪いのですが、バカやウスノロのように口を開けます。

この単純な腕振りの動作を伴う声出しを毎日数分、繰り返すとノド声でなく肩にも口にも力の入らない発声が
自分の体で理解できるようになります。当方はこの発声法を関西二期会テナー歌手の高田浩平先生に習いました。
ベルカント唱法の先生です。
大学でドイツ式発声法を他の先生や先輩に習いましたが、当方には実践的ではありませんでした。
ドイツ駐在中にちょっと声楽教室をヒヤカシ気味に参加しましたが、大学時代と同じ事をドイツ人の先生が教えていて
ドイツ式は長らく伝統ある声楽法として実践教育されているのだと思いました。
しかし、当方のような体格のない日本人には向いていないと思いました。

アマでは口の形や舌を前に出す、ノドの奥を開くなどとも教えられます。
間違いではありませんが、これは結果論でこれらを頭で意識しては正しい発声にはなりません。
お腹で音程を支えろとも言われます。しかし、多くのアマの実践では口を使ってコントロールしているのが
練習をみていると判ります。逆に、上のような方法―音を遠くに捨てるーで正しい発声をすると音程やリズム、メロディー、
歌詞のコントロールが不安定になります。多くのアマはこの不安定さを回避するために(無意識に)口やノドに力が入り
肝心の声の響きを失わせてしまいます。
自分には聞こえているが会場には全く届かない声になります。アマでも楽譜のよく読める人が音程やリズムの正確さを
意識しすぎて案外、正しい発声ができていない事もよくあります。従って初めに余り音程、リズム、発音の正確さを求めすぎ
意識しすぎると正しい発声が身に付かなくなる恐れがあります。
これはアマには大きな矛盾ですが、プロでも間違った発声をしている人がいるのはこのせいでしょう。

まずは正しい発声、ノドに力の入らない発声・体全体を使った響きのある発声を自分の体にしっかりと覚えさせて、
それから音程、リズム、発音のコントロールができるよう訓練する事が必要だと思います。
この手順を逆にするとクラシックの声楽は成り立ちません。プロでも間違った発声をしている人は結構いるので
正しい発声法を身につける事はそれなりに難しいことだと思います。無論、音程、リズム、発音を無視して良い発声だけで
合唱してもこれまた合唱は成り立ちません。この難しさを解消する方法はただ実践練習だけでしょう。
当方は声楽発声法を教授するほどの能力はありませんが、アマでも正しい発声法で歌えばもっと楽しい合唱が出来るように
なると思います。

案外簡単なきっかけで発声のコツを身につけられればよいかと思い書いてみました。
又自分の日頃の歌唱実践でリズムや音程が悪い事の弁解にもなったかと思います。

                                                     以上

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